2011年3月30日水曜日

さよなら、そして、こんにちは!(引っ越しのお知らせ)

 夜の震災対策室、第5メンバーの大黒です。
 私たちのブログには、毎日1500件ほどのアクセスがありますが、多くの方から、「このブログ、携帯では見にくい!コメントもできない!」、とお叱りを受けました。
 皆さんの声を受けて、第1メンバーの清水さんがその対策を考えました。
 その結果、行政政策学類震災対策室有志が運営するブログ、「ガンバロウ福大!行政の『結』」は、引っ越すことになりました!
 これまでの記事やみなさんからのコメントは、すべて移行済みです。
 これからは、携帯からも見やすくなりますし、コメントもつけやすくなります。
 みなさんのアクセス、コメントをお待ちしています。

新アドレス(PC/携帯共用):http://311gyosei.blog39.fc2.com/
 
 

新学期の日程が決まりましたが・・・

どうもお待たせしました、垣見です。

昨日29日付けで大学HPにて、入学式が5月9日、授業開始が5月12日と発表されました。しかし、「今後の状況変化により」変更の余地がある旨も同時に示されていますので引き続き、HPはまめにチェックするようにしていてください。

さて、電車が動かない、ガソリン入手困難という状況の中で、行政の先生たちはいったいどうやって大学に来てるんだろう?そんな風に不思議に感じている人たちもいるかもしれません。

バスは医大経由の二本松行きなどが1日に数本出ています。また医大までは結構本数があって、医大からなら30分程度歩けばいいので私などは、このルートで来ることが多いです。あとは早朝からスタンドで並んでガソリンをゲットした先生の車やタクシーに相乗りするなど様々な工夫をしています(ガソリンは昨日の記事にあるとおり、山古志村から届けられました。重ねてありがとうございました)。

もちろん学類の経費からは出ていますが、行き帰りだけで結構な費用がかかるので――それに見合う仕事をしているかしらん?ということもあって――私などは若干心苦しいところは正直言ってないではないです。



先日の夜、帰りに大学から福島駅西口の家まで歩いてみました。別に学類経費を少しでも浮かせたいとか殊勝なことを考えた訳ではなく、医大まで歩いてバスで帰ろうとしたところ、暗い中、道を間違えて分からなくなって不安になり――熊が出たらどうしようとか――、仕方なく全部歩くしかなくなったという訳です。

もちろん、地震のあったあの日も数人の先生と余震の恐怖に怯えつつ帰ったルートをまた歩いてみたい、という気持ちも少しはありました。あの日は、途中で溝にはまった車を引き上げる手伝いをしたり、色々あって、結局家に着いたのは大学を出てから3時間以上経っていましたが、普通に歩くとどれくらいかかるのか調べてみたいということも頭をよぎりました。

いざ、歩き始めてみると、夜になってかなり冷えてきたし、何しろ真っ暗なのでコワい。後ろから来る車も怖かったけれども、ライトは意外と頼りになりました。伏拝の交差点から市内の夜景が見えた時は正直ほっとしました。あの日、土砂に埋もれていた4号バイパスは数日後には一応復旧していましたが、歩道は通行止めになっているようだったので、旧道の方を下っていきました。

(地震によって崩落した4号バイパス伏拝交差点付近)


ところが、南福島の市街地に着いたところで、急に生理現象に見舞われてしまいした。市税の未払いによる滞納処分(差押!)はいつでも受けてやる覚悟のある私ですが(授業でも、「これが行政処分の執行力というものである」といって差押予告書配布したよね)、さすがに軽犯罪法違反を犯す勇気はないので、どうしようと困っていたところに、暗闇で1軒だけ開いているお店があるではないですか!

…それは、震災のあの日、ウインドウから酒瓶までが滅茶苦茶に割れて道路に日本酒のおいしい香りを撒き散らしていた越後屋さんでした。お手洗をお借りして、水田さんと少し世間話をしてから、さすがに1本買わないと、というわけで「泉川」の純米吟醸をゲットしました。そこからは順調に家までたどり着いて、鍋と共にいただいたお酒のおいしかったことといったら・・・


(これぞ会津坂下の銘酒、泉川!)

ところで、大学を出てから家までどれくらいかかったでしょう?医大の周辺でうろうろしていた時間、越後屋さんで油うってた時間も併せて正味1時間40分程度といったところでしょうか。「これなら、徒歩通勤(ただし帰りのみ)できるな、原子力に替わる代替エネルギーは人力だっ!」と妙な自信がついてしまった垣見でした(通勤手当は削らないでください)。


さてさて、次回は、照沼さんの登場です!

地域にとけ込む行政政策学類―ガソリン調達の現場

 震災対策室のメンバー、大黒です。こんにちは。

 これまで行政政策学類は、地域とともにある学類、地域の課題に具体的に取り組む学類を標榜してきました。甚大な被害地域となった福島県内にある大学、学類として、今回の震災と原発事故がもたらした甚大な被害と、いまだ見通せない今後の生活への不安にどう取り組んでいくのか、私たちは、目が眩むほどの大きな課題を抱えることになりました。
 今後、少しずつではありますが、着実に取り組んでいかなければ…身が引き締まる思いでいます。
 しかし、これまでの僕たちの姿勢、地域とともにある学類、地域の課題に具体的に取り組む学類という姿勢はこれからも変わりません!!
   ↓  ↓  ↓
 先日、「地域とともにある学類」を象徴的に表している写真が取れました!
 ガソリン調達の現場写真です。



 震災対策室が発足して以来のメンバーである千葉悦子先生が写っていますね。

「えっ、どこに?」

 って思った人は、行政政策学類、そして、千葉ちゃんのすごいところをまだ実感していないようですね(怒)。

 千葉先生はこれまで、社会教育、そして学習活動を通じた地域のエンパワーメントの研究者として、常に地域の現場で活動されてきた方ですが、震災の現場においても、いつもと変わらず、地域に溶け込んでいるのです!この時も、ガソリン(というか、ガソリンを買うことが許されるための整理券)にたどりつくための長い長い道のり(3時間)の途中で、たまたま隣り合わせた人たちとの井戸端会議の最中でした。

 この会議では、地震の凄さや被害の甚大さ、そして放射能に対する不安はもちろんのこと、ガソリン調達の失敗談やその裏技について、そして、東京中心になりがちな報道内容や「直ちに健康被害には結びつかない」という表現に対する疑念、さらには、家で飼っている「メダカ」の水交換をどうすべきかという悩みまで、あらゆることが話し合われました!

 今回の事態が、まさに生活の細部、すみずみにまで影響を及ぼしているという現実が、良くわかります。

 私たち震災対策室のメンバー8人にとっては、今回が、震災後初めてのガソリン(というか、ガソリンを買わせていただくための整理券)調達のための具体的行動でしたが、すでにガソリン調達の苦難を経験済みで慣れている人たちは、椅子や毛布、ラジオ持参で並んでいましたし、たまたま出会った私たちのような周囲の人たちに、椅子を譲ったり、バナナを差し入れたりしていました。生活の苦労をともにする人たち同士(同志?)の気遣いです。

 その列の中には、南相馬から福島市に避難してきているご夫婦もおり、その方は率先して、持参したお茶などを周りの方々にふるまっていました。「本当は逆じゃなきゃいけないのにねえ」、と言いながら、会話がさらに深まっていきました。

 「地域とともにある大学」、の出発点がここにあることを実感した3時間でした。
 つまり…「地域に溶け込む行政政策学類」とは、まさにこの写真のことです!

 地域のおじさんおばさんの中で、どれが千葉ちゃんか良くわからない、見分けることができないほど馴染んでいる=溶け込んでいるというのも、仕方のないことでしたね。

 みなさん、怒ったりしてすいませんでした。

 あ、そうだ(追伸)、垣見さんはもうすぐ登場するはずです!

2011年3月29日火曜日

卒業式実行「応援」委員会!?

なかなか垣見さんの投稿にたどり着きませんね、そんな私はしみずです(笑)。


大黒さんの記事を見ても明らかなように、いま、震災対策室は、いろんな人に支えられて業務を行っています。みなさん、ありがとう、ありがとう、もうひとつついでに、ありがとう。


さて、今度は、OB/OGからもうれしい提案がありました。関東にいるOB/OGが、自分にも何かできることはないかと自分で考えて、卒業生有志で『福大卒業式応援委員会』を立ち上げたそうです。


詳しくはこちらのブログへ
http://blogs.yahoo.co.jp/fukudai_sotupuro2011


以前の記事で、学類(および、同窓会、学友会)としても、卒業式に代わる行事を実施する方向で検討していると書きましたが、卒業生の中から自主的にこれを支援してくれるような動きが出ているということは、素直に嬉しいですね。「学生の自主的・主体的な学び」を重視する本学類の教育の大きな成果と言えるかもしれません(笑)。


福大卒業式応援委員会のブログにも書いてありますが、まだまだ始まったばかりの活動で、「つっこみ所満載」のようです。大学、各学類、学友会、同窓会などとの調整も必要でしょうし、その中で「応援委員会」がどのような役割を果たすことができるのか、また果たすべきなのかについても、検討の余地があるでしょう。「応援委員会」は学類横断の取り組みということなので、学類間の連携面で最も力を発揮できるかもしれませんね。


ぜひ皆さんもつっこんで(笑)、よりよい活動になるように応援してあげてください。


ではでは。

推進力を得た震災対策室

 本日、行政政策学類にガソリン280リットルが補給されました。
 行政政策学類震災対策室もこのブログも、これまで以上に推進力を増します!

 うれしいのは、この推進力が、新潟県山古志村(現在は中越市)のみなさんからもたらされたということです。

 山古志村と福島大学、行政政策学類は深いつながりがあります。
 山古志は、2004年10月23日に発生した新潟県中越地震で甚大な被害を受けた地域ですが、直後に現地に入った福島大学、行政政策学類の学生・教員ボランティアが、長期にわたって山古志での避難生活と復興活動にかかわりました。その時に生まれた山古志のみなさんと福島大学の学生・教職員との間の強いつながり(=「結」)は、その後も残り続けてきました。

 この「結」が、今度は山古志から福島への支援という形で生かされています。


(読売新聞2011年3月22日23面)


 山古志のみなさんの支援は、地震発生直後の混乱の中ですでに始められ、貴重な物資を何度も福島まで運んでくれています。
 今回は、福島大学の第一体育館が受け入れ先になっている避難所への野菜などの差し入れ、そして、支援活動や学類の震災業務に欠かせないガソリンを運搬してくれました。ガソリン不足に悩むわれわれには、大助かりです!




 ガソリン到着も朗報でしたが、さらにうれしかったのは、中越地震当時中学生で、山古志の避難所で福島大学の学生たちと過ごした坂牧くんが、今回の支援の中心メンバーだということです。坂牧くんは、中学生当時に避難所で生活を共にした「福大のおにいさん」、清水くんとともに、今回の支援物資を準備し、遠路はるばる福島まで運んでくれました。

 さらに、坂牧くんは、4月からの福島大学の1年生として入学することが決まっています。当時の「福大のおにいさん」、清水くんもまだ在学中ですから(清水くんって…ええっ、何年生なの?)、4月から2人は晴れて同じ大学で学ぶことができるわけですね!坂巻くん、清水くん、おめでとうございます!

 坂牧くん、清水くんの2人は、もう一人の仲間とともに行政政策学類震災対策室を訪ねてくれました。鈴木典夫さんとともに写っています。




 山古志と福島大学とのつながりは、今後もますます強くなっていくことになりそうです。
 行政政策学類の将来がますます楽しみになってきました!!

 震災対策室から、大黒が報告しました。

2011年3月28日月曜日

行政政策学類生、松本で大活躍!

 行政政策学類を先日卒業した横山晋哉さんが、松本で頑張っています。
 横山さんは、大学正門入り口脇の「遊休農地」の耕地化を実現した「Uプロジェクト」の代表で、その経験を生かし、出身の松本市で、「福島の農家のためにできること」、を考え実践しています。
 学類震災対策室のメンバーも、信濃毎日新聞の記事を見て初めてその活動を知りましたが、「さすが、横山くん」、と喜んでいます。横山さんに続いて、松本からやってくる新入生に関するうれしい記載もあります。
 後日、横山さん本人へのインタビューをアップしますが、さっそく信濃毎日新聞に掲載された記事2本を転載させてもらいます!

・信濃毎日新聞(3月27日・日) 
http://www.shinmai.co.jp/news/20110327/KT110326SJI090008000022.htm

「福島の農家のために」松本出身で福島大生が福島産野菜販売

  放射性物質の検出が相次いだ福島県産などの野菜を対象に、政府が出荷停止や摂取制限を指示する措置を取ったことを受け、松本市内田出身の福島大4年横山晋哉さん(22)は27日、出荷停止や摂取制限の対象となっていない福島県産キュウリなどを松本市の縄手通りで販売する。福島第1原発事故の影響で、同県の農産物全体が汚染されているような風評被害が出ていることを心配。大学があり、卒業論文のフィールドにした福島のため、安全性をアピールしようと考えた。

 横山さんは福島市に下宿。一部が屋内退避区域になっている福島県飯館村には、炭焼きをテーマにした卒論の研究で何度も通った。農業と畜産が主な産業の村では今、放射性物質の影響を恐れ、村民が集団で県外に移転。「土壌や水の放射能汚染など、問題は長期化するだろう。高齢化率が高い村の農業を立て直すのは簡単でない」と心配する。

 このため、福島の農家のためにできることを考えた。原発事故の先行きが見えず、福島でのボランティアが難しいことから、故郷での野菜販売を思い付いた。

 横山さんは大学が用意したバスなどを使い、18日に松本市の実家に戻った。26日は同市内の青果卸会社から、福島県産のキュウリやトマトなど約35キロ、茨城県産のレタス200玉余を計約3万円で購入。風評被害の影響で通常より安い値段で仕入れることができた。青果卸会社の担当者は「安全と認められた物しか流通していない」と話す一方、福島、茨城県産などの野菜は小売店に敬遠されていると説明したという。

 野菜の販売は午前10時から午後6時ころまで。キュウリは1本30円、トマトは2個100円の予定。経費を除いた売上金の全てを飯館村役場に義援金として寄付する。4月に栃木県内の農業生産法人に就職する横山さんは「被災地の農家のためにぜひ協力を」と呼び掛けている。問い合わせは横山さん(電話090・9669・7019)へ。

・信濃毎日新聞(3月28日・月)
http://www.shinmai.co.jp/news/20110328/KT110327SJI090007000022.htm

松本で福島・茨城の野菜安全PR 福島大生が販売・売り切れ

 松本市出身の福島大4年横山晋哉さん(22)が27日、出荷停止や摂取制限の対象になっていない福島県や茨城県産の野菜類を同市街地の縄手通りで売った。一部で基準を超える放射性物質が検出された両県産の農産物の風評被害を消そうと企画。用意した分は夕方までに売り切れた。利益を義援金にする。

 福島県産キュウリ5ケース、茨城県産レタス約250玉などは前日に松本市公設卸売市場で購入。この日は横山さんの幼なじみ2人も協力して「安全でおいしい野菜です」とPRした。近くに住む女性(73)はレタスを試食し「おいしい。ハウス栽培なら危険も低いと思う」。

 安曇野市の農業丸山保義さん(57)は「同じ農家として、育てた野菜が廃棄されるほどつらいことはない」とキュウリなどを段ボール1箱分購入。長男が今春福島大に入学予定といい「野菜を買うと義援金になる。お互い気持ちのいい支援」と喜んだ。

 横山さんは「予想以上に売れた。遠くにいてもできることはたくさんある」と話していた。義援金は、卒業論文のための調査で訪れ、今回の震災で大きな被害が出た福島県飯館村に寄せる。

エコバッグ収穫祭!

こんばんは、夜の震災対策室から、新村、大黒、清水です。

垣見さんの投稿を期待されていた方、スミマセン(笑)。


今日は、震災対策でヘトヘトなところ、嬉しいニュースが舞い込んできました。

なんと、大切に大切に育てたエコバッグの木に、色とりどりの実がなりました!!!





震災前に学友会が募集していた「福大行政のロゴマーク」の入ったエコバッグです(趣旨はhttp://www.ads.fukushima-u.ac.jp/topic/20110106を参照)。震災に負けず、大きな大きな実をつけてくれました!学友会の皆さん、おめでとう!

ちなみに、ログマークをアップすると、こんな感じです。
手と手を取り合い、ハートを持って前に進もうとしている姿は、まさに今の時代にふさわしいAction Together !
すばらしいロゴですね!




夜中の震災対策室メンバーが選んだエコバッグは、こんな感じです。一緒に行かない(=Action Together)?



気分を害された方がいたらスミマセン…。

それでは、息抜きを終えて残務に戻ります!!